研究活動
●主な研究活動
1.地方都市の交通政策(博士課程の研究)
博士課程在学中〜2011年
2.マレーシアの交通政策(その1)
2012年〜2014年
3.マレーシアの交通政策(その2)(作成中)
2015年〜
4.東南アジアの交通政策(作成中)
2016年〜
5.滋賀県環境分析用産業連関表の作成と応用
2010年〜2012年
1.地方都市の交通政策(博士論文)
期間:博士課程在学中〜2011年
●研究の背景と目的
日本の公共交通分担率(移動に占める公共交通の割合)は世界トップクラスであるが、それは全国平均化した時の話で、実際には首都圏や京阪神を一歩外れると、車なしでの日常生活が困難な世界が広がっている。
交通の不便さという点では、山間僻地の交通の問題が頭に浮かぶが、公共交通の整備という面では、ある程度の人口の集中がみられる地域が問題になる。道路混雑や、環境負荷(エネルギー消費)等の問題を考えると、大量輸送機関の利用が望ましいが、道路の整備を優先して進めてしまったために、自動車の過剰利用がなされている地域が、地方の都市圏に多く存在していると考えられる。
実際、日本の地方都市では、モータリゼーションが非常に進んでいる。修士の時期にバス事業の実態を確認するために多くの地方都市を訪問したが、バスを中心とした公共交通網がどんどん衰退し、それに対し郊外の道路は自動車であふれていた。直観的にこの点には問題を感じたが、ただ、「自動車にあふれている事」は、直接問題とはつながらない。本当にこの事は問題であるのだろうか、問題だとすれば、どのような事が問題なのだろうか、解決策は何なのであろうか。これらの疑問に回答を与えたのが本研究(博士論文)である。
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宮城県仙台市の中心街 6車線の道路が車であふれる 仙台市には地下鉄があり、乗り入れる鉄道路線網も充実しているが、通勤交通の中心は自動車である。 |
岐阜県岐阜市 片側1車線の道路は充実しているとはいえないが、通勤時間帯の渋滞のリスクがあっても、人々は自動車交通に移転する。写真の鉄道路線は低規格が災いし、利用客減により2005年に廃線となった。 |
カリフォルニア州ロサンゼルス 郊外のフリーウェイの様子。 都市人口が1600万人を超えるのに、人々の自動車利用の割合が高いため、片側6車線でもラッシュ時には大混雑が発生する。 |
↑上記3都市とも、小地域人口統計データを用いると、中心部の人口の減少、郊外部の人口増加がはっきりとみられる |
●各章の概要
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【序章 地方都市の交通政策論】
序章において、地方都市の交通の現状における問題点の確認と、問題の発生メカニズムの理論的な整理を行い、その上で、理論的に考えうる問題解決方法と、それを政策に移す事の難しさについて考察を行った。
都市交通問題の理論的な要因は「道路使用に適切な価格付けがなされないために、自動車が過大に利用される傾向があること」「独立採算下の大量輸送機関は、規模の経済性が原因で過小利用の傾向があること」「自動車の過大な利用に対応して低密度の都市空間が構築されること」の3点に要約される。この3つを統合化したモデルこそ存在しないものの、それぞれの問題については、既存研究の中で定式化されており、「道路への適切な価格付け」が問題解決方法として導かれる。しかしながら、理論から導かれる結論は、実際の日本の都市構造や、都市交通の経営、政策制度の構築過程を考慮したものではない。これらを明らかにすることが、次章以降の研究課題として与えられる。
【1章 日本の都市構造の変容と公共交通】(関連原稿)
現在の日本の都市の構造は、どのようになっているのだろうか、また、そこで人口密度はどのようにかかわっているのであろうか。この問題の解明を1章では行っている。本章の特徴は、通常人口密度4000人/km2を基準線として行う都市構造の指標分類を、人口密度2000人/km2、4000人/km2、6000人/km2を用いて細分化している事にある。地方都市圏では、人口密度2000〜4000人/km2に居住する人口が多く、大都市圏では多い6000人/km2に居住する人口が極端に少ないので、その意味でこの区分は重要となる。人口150万人以下の都市圏においては通勤、通学における自動車の利用は通勤・通学人口の7割に達し、他方、公共交通の利用率は7〜15%程度である。極端に自動車化の進んだアメリカの地方都市では、公共交通利用者は3〜10%であり、それよりは若干高いもののあまり公共交通利用者は多くないのが日本の地方都市の実態である。本章では、低密度化が進む傾向や、公共分担率の低下傾向についても記述した。
【2章・3章 アメリカの都市交通政策の史的分析】(関連原稿)
2・3章では、アメリカの都市公共交通政策の史的分析を行った。論文の中で指摘しているが、アメリカの都市も時代をさかのぼると公共交通を中心とした都市交通網が主流だった時代があり、都市育成と連携した公共交通政策がすすめられていた。そうした試みの成果が、都市の道路整備と共に徐々に崩されていった結果が、現代の極端に自動車化の進んだアメリカの都市である。アメリカは土地が広く、低密度の都市形成が起こりやすい事も自動車化に拍車をかけてはいるが、日本も狭いとはいえ、自動車利用に適した都市を作るだけの土地は十分にある(ただし、序章で論じたように、土地を自動車利用のためだけに使うのは効率的とはいえない)ので、同じ轍を踏む可能性は十分に存在する。
【4章 欧米の都市交通政策の展開と日本の都市交通政策】(関連原稿)
交通政策の比較をする上では、アメリカを取り扱うのみではやや特殊なので、次の4章では欧州の都市交通政策、日本の過去の都市交通政策を精査したうえでの国際比較を行っている。欧米では都市公共交通に関する補助政策が進んでいるが、日本ではその試みが弱い、但し、過去には欧米と同様の試みを行っており、戦後の都市発展で乖離したという歴史を持つ、という点が国際比較を行った際の日本の特徴である。
【5章・6章 バス事業者の生産性分析】(関連原稿)
5章、6章は、1章〜4章の内容を踏まえた上での実証研究で、5章「路線バスの産業の規制緩和と生産性」は地方都市の都市交通の主力である路線バスの生産について、公営バス事業者と民間バス事業者の効率性を推計し、民営化や規制緩和といったバス事業の制度改革の有効性の検証を行なった。6章「地方都市における路線バス産業の費用構造」ではここまでの各章の内容を踏まえ、地方都市の都市交通における政策効果を、地域属性を考慮したトランスログ費用関数と、需要関数により考察した。序章で示した問題意識と関連する知見として、バス事業では事業者側の規模の経済性(密度の経済性)が実質的にほとんどみられないこと(但し、交通事業では運行密度の増大により、待ち時間減少による需要増進効果が存在するため、バス事業の補助金は依然正当化される要素がある)、事業者の費用は、都市の人口密度の増大により上昇し、道路密度の増大により低下する傾向があることなどを挙げることができる。
【終章 地方都市の交通政策の展望】
本章では、ここまでの内容の整理と、地方交通政策に関する総合的な考察をまとめている。制度的な問題点に関しては、日本は他の欧米諸国とは異なり、交通サービスの提供が都市の政策目標や計画とうまく連携していないが、その背景には、歴史的な相違があり、海外事例の移入で即座に改善できるものではないことが示される。とはいえ、1930年代から1960年代にかけ、日本でも欧米と同様の都市交通の一元化の議論がなされた事から、こうした施策を受け入れる土壌が無いわけでもなく、必要性の精査や政策過程(住民参画等)の再検討などを進める事により、欧米先進国で実施された政策と同様の政策の実現が可能ではないかと考えられる。実証的な視点からは、バス交通の経済的特性、地域的特性に見合った補助支給の重要性が挙げられる。特に、運賃規制方法として現行の地域ブロック別の原価制度から、都市構造をもとに基準原価を算出する方法に改める、また、地理的状況に基づいて公的補助を行うといった方法は可能で、都市の政策目標や計画に連携した交通サービスの提供を検討する際の最初の試みとしても有益かもしれない。
●研究成果
【学位論文】.地方都市交通政策の経済分析 京都大学大学院経済学研究科博士学位研究論文(2010年)
(下記、学位論文を構成する個別論文)
序章:加筆修正中
1章関連論文
【論文】都市構造の変容と公共交通 交通学研究(日本交通学会年報)(査読付 2009年発行⇒PDF全文
【論文】地方都市交通の現状把握と類型化 交通学研究(日本交通学会年報)(査読付 2011年発行)⇒PDF全文
【国際学会報告】1.SUBURBANIZATION AND URBAN PUBLIC TRANSPORT
The 11th International Conference on Competition and Ownership in
Land Passenger Transport(Thredbo11)⇒報告原稿
2章:【論文】都市公共交通とガバナンス 交通学研究(日本交通学会年報)(査読付
2008年発行)⇒PDF全文
3章:【論文】アメリカのモータリゼーションと都市交通経営 関西鉄道協会 都市交通研究所 報告書「都市交通政策の国際比較」(2010年発行)
4章:加筆修正中(原稿はこちら)
5章:【論文】バス産業の生産性の再検討 交通学研究(日本交通学会年報)(査読付
2005年発行)⇒PDF全文
6章:加筆修正中
●課題点と今後の発展可能性
概要で示したように、現段階では統計解析が事業者の分析のみに留まっている。交通事業者・都市構造・都市経済を考慮した分析モデルは前例がなく、都市構造の把握までが精いっぱいであったからである。現在、事業として携わってきた産業連関表の作成・加工技術を生かして、都市構造と交通構造を考慮した経済モデルの構築に取り組んでいる。
また、現実問題として、日本の地方都市では、大幅な交通改善の必要性に乏しい現状がある。需要の減少は一段落し、自動車の激増や大規模な交通事業者の倒産がすぐに発生する可能性は低い。他方、「大都市圏ほどの需要は存在しないものの、自動車の激増等が問題になる可能性がある都市圏」の問題は、比較的高い経済発展を遂げたアジアの開発途上国で問題となる。マレーシアでは先進国に匹敵するモータリゼーションで、地方のバス事業者の経営が急速に悪化し、対応を迫られている。タイでは地方都市の大気汚染が深刻な問題となっているが、輸送改善を期してバス事業者の統合・公営化が図られた首都圏バンコクとは異なり、地方部ではバス事業者の規制によるコントロールすら十分でない状況が続いている。大量輸送の優位性や、事業者のコントロール方法については、本研究で進めた分析を元に、発展、適用する価値が高いと考えられ、本格的な研究に向けた準備を進めている。
2.マレーシアの交通政策(その1)
期間 2012年〜2015年
●研究の背景
東南アジアの中進国、マレーシアは現在、様々な交通問題を抱えている。
発展途上国というと、「比較的所得が低い層が多いので、自動車の普及には歯止めがかかる」と考えられがちである。マレーシアの平均月収は6万円程度で、日本と比べると高い水準とは決していえない。しかしながら、この所得水準であっても、長期間のローンを組んで安い車を買うというのであれば、自動車は手に届かないものではない。ガソリンへの補助金があることもあって、自動車の普及率は極めて高く、1000人当たり350台程度の水準(日本よりやや低い程度)に達している。主要都市では片側3〜4車線の道路は当たり前、日本のように、速度で優位に立つ軌道系公共交通機関の整備が不十分なこともあって、首都圏クアラルンプールの自動車・二輪の交通分担率は80%にも達する。
マレーシアの自動車社会は、自国が産油国であり、石油を安く調達出来ることにより維持されている。しかしながらマレーシアの石油埋蔵量には限りがあり、一方、モータリゼーションは石油消費量の急速な増加を導いている。(日本の国債問題とよく似た状況であるが、)現在の状態でも輸出に回せば貴重な外貨収入源になる石油を国内で浪費しているという点で非効率であるし(燃料への補助金は国家予算の1割近い4000億円にも達している)、将来的に高騰傾向にある石油を輸入するとなれば、経済へ過大な負担を与えることとなる。この事に気付いたマレーシア政府では、自動車依存からの脱却を図り公共交通利用率を高めることを国家目標としている。2011年には、陸上公共交通行政は、運輸省から独立した首相官邸直轄の機関、陸上公共交通庁(SPAD)に移管され、現在、ここで様々な取り組みが検討されている。
このように、脱クルマ社会への追い風が世界一高いともいえるマレーシアだが、前途に立ちはだかる障害は数多い。自動車に適した都市で、公共交通の利用促進を図ることは容易ではない。アメリカやフランス、ドイツでは、莫大な公的資金を投じて公共交通網の整備を行っているが、中心部の活性化や、都心の回遊性という面での寄与は大きいものの、都市全体の公共交通利用率という点では数%の改善に過ぎない。隣国シンガポールのロードプライシングは学ぶべきところも多いが、マレーシアの大都市圏はシンガポールよりもずっと広く、ここで自動車利用を抑制することは都市機能をマヒさせることにつながりかねない。鉄道網の敷設には資金的な制約が大きい。カギとなるのはバス輸送網の改善であるが、バス事業者は、利用客減と原油高に悲鳴を上げている状況。路線網の拡充どころか、近年では地方の路線を中心に路線撤退が相次いでいる。経済力の違いは、現状把握能力にも影響を与え、処方箋を考える上での十分な統計資料、及びその収集体制も完備していないのが現状である。こうした山積みの問題を乗り越え、どう公共交通の利用促進を図るかが、マレーシアの課題である。
※なお、個人的な研究の背景として、就職後、ポスドク業務で東南アジアに出掛ける機会が多くなり、当地の問題についてまとめる必要性を感じたこと。訪問国の中では、調査難易度が一番低いのがマレーシアと考えられた事。LCC(格安航空会社)の参入で、国内出張以下の費用で調査が可能(諸税込みで往復20000円の航空券で出張できた事もある)であり、研究費が限られる若手研究者としては望ましかったという点も挙げる事ができる。
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首都クアラルンプール市内の道路 駐車場のように見えるが、渋滞にはまって動けなくなってしまった走行中の車である。 |
マラッカ市郊外 世界遺産の旧市街で有名なマラッカ市であるが、新市街は非常に低密度に広がっている。勿論、移動の主役は自動車で、写真のように大きな道路が広がっている。 |
マラッカ市郊外のショッピングモール この都市に限らず、自動車利用を前提とした巨大なショッピングモールがマレーシアの都市圏には多数存在する。 |
●研究を行う意味と目的
こうしたマレーシアの交通事業、交通政策の実情を日本人研究者が把握することに関しては、次のような意味があると考えられる。
1.そもそも、マレーシアを始め、東南アジアの交通政策事情はそれほど深く調査されていないので、状況を理解するという点で有益
2.ガソリンが安いという特殊事情は別として、成長過程で自動車優先の都市構築を行って、ある程度経済発展、都市成長を遂げたところで、公共交通整備が求められる都市は途上国の一般事例といえる可能性がある。マレーシアの都市公共交通の整備課程とその問題点を整理すると、他の途上国(特に、文化的に近いインドネシアや、旧英国の植民地で制度に若干の類似性のあるインド、バングラデシュなど)の交通問題の理解にも役立つ可能性もある。
3.マレーシアのバス事業は民営で免許制度でコントロールされている。実はこの点は日本のバス事業と同様で、イギリスを除く欧米とは異なる。バス規制の研究はイギリスと日本で行われてきたが、これにマレーシアを加える事で、日本の規制や規制緩和の問題点が見える可能性がある。
4.ここ数年、マレーシアが直面している地方のバス路線の撤退問題は、日本でここ15年ほど話題になってきた問題で、比較研究の価値が大きい。
5.2〜4の問題意識に基づいて調査を行うと、公共交通インフラの海外輸出を試みる政府・事業者にとっても有益な情報がもたらされる可能性がある。
現在、2〜4に沿う形、すなわち、マレーシアの交通政策や交通に関する諸問題理解、国際比較を通じた日本の制度の客観的理解を目的として、下記のような研究を進めている。
●現在進めている研究
1.マレーシアのバスの規制制度、運営実態に関する研究
マレーシアのバス事業は免許制で、イギリスや日本の制度と類似性がある。イギリスや日本は規制緩和を行ったが、マレーシアの場合は、元来比較的自由(規制はあったものの緩かった)だったバス事業の規制を強める方向に動いている。ただし、完全な統制は難しい事もあり、マレーシア陸上交通庁は民間の力を活用しつつ、公共交通利用率が高められるバス規制制度の新たな姿を模索している。本研究は、こうしたマレーシアのバス規制制度とバス運営の実態の解明を目的として行うもので、規制制度の歴史的変遷についての文献調査、陸上公共交通庁(SPAD)へのヒアリング調査などを行っている。課題点は、免許付与の柔軟性をどのように評価するか(現地の人間は「規制」されているというが、「凍結」と表明している路線以外の免許付与の条件が緩く、規制緩和された日本と大差がない)で、過去の免許の許可・不許可の問題を新聞記事や裁判資料から明らかにできないか?というアプローチを検討している。
⇒成果中間報告
【学会報告】地域公共交通政策の制度設計に関する論考―マレーシアにおける公共バス政策を事例として―日本交通学会2012年度研究大会(日本大学)
【学会部会報告】東南アジアにおける交通政策―マレーシアの陸上交通政策を中心に―日本交通学会関西部会2012年11月報告
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ジョホールバル・ラーキンバスターミナル シンガポール対岸、ジョホール市の長距離バスターミナル。マレーシアのバスには停留所表記がない、ダイヤが不安定、安全という問題がある一方で、急行バス免許制度が確立され、バスターミナルは集約され、適度な競争が行われているという日本にはない長所がある。こうした特徴がマレーシアのバスの分析を難しくしている(先進国の制度を導入すれば良くなる・・・というものでもない、という意味で)。 |
地方都市を結ぶ急行バス パハン州北西部で急行・ローカルバスを経営するパハン・リン・シオン(彭亨聯商)社の都市間急行バス(Kuala Lipis:立卑 にて)。パハン州西部は錫鉱山があった影響で中国系住民(華人)が多く、このバスも華人系企業が運営し、行き先表示、切符には中国語表示がある(ブミプトラ政策の影響でマレー系企業が免許取得で優先される事が多く、華人系バス会社は消えつつあるが)。 |
休止が相次ぐローカルバス 同じくパハン州の地方都市、テメルローのローカルバス時刻表。休止路線の時刻にガムテープが貼り付けられているが、こういう光景は日本でも良く見られた(最近は自治体運営バスに置き換えられ、その際に時刻表も一新されるので、そうでもなくなってきたが)。間引きでなく特定路線の休止となっているところが日本との違いであるが、ある程度の頻度が求められること、枝線を休止して幹線路線を残していることなどが関係していると思われる。 |
2.マレーシアにおける地方路線バスの諸問題
−発展途上国における足の確保の実態
2011年末、マレーシア各地で地方のバス路線が突然休止するという問題が発生した。モータリゼーションによる利用客減と燃油高(燃油補助金の削減)はマレーシアの地方バス事業者に以前から負担を与えており、その一つの解決策として、事業者の合併・大規模化が行われていたが、バス事業では大規模化による費用削減のメリットは小さい。最大手バス会社であるKTB(コンソーシアム・トランスナショナル)グループの地域輸送部門Citylinerは、パハン州、ヌグリ・スンビラン州でバスの大規模な休止を実施、州政府が補助金を緊急支出する騒ぎとなった。
新聞報道や、各地に点在する同社の路線網を見る限り、この会社の経営方針にも多少の問題があるような気がするが、それにも関らず政府が補助金を支給するのは、地方の路線バスの問題が深刻であるからと感がれる。これほど極端ではないものの、地方では徐々に路線バスの休廃止が進んでいる。日本では、モータリゼーションによりバス路線が廃止になり、市民の日常生活に影響が出るという、という事が以前から問題となっているが、同様の問題がマレーシアでも発生するようになったのである。
この問題は、日本のローカルバス問題と類似点が多いと考えられ、当事者のマレーシア陸上公共交通庁(SPAD)も1970年代の高知県交通の経営悪化の際に行われたローカルバス救済方法を参考事例として紹介している(日本の過疎バス問題に対する包括的な英文資料がないため―過疎バス問題が国際的に議論される事はなかったため致し方ないが・・・―情報把握は正確とは言い難いが)。経営責任の所在に加え、地方の公共交通ニーズを踏まえた適切な輸送サービスの提供が今後のカギとなると考えられるが、当地マレーシアではこの種の問題は今始まったばかりで、ノウハウの蓄積がない。一方、この種の問題は、マレーシアをはじめとする、伸び悩む開発途上国の「中進国の罠」の一つではないかと考えられ、この研究は、他国の問題の把握や解決法を考える上での基本モデルとなる可能性がある。
このテーマに関しては、民間財団から研究助成金を頂けることとなった。これを研究資金とし、これまでの日本の地方バス路線の研究ノウハウをもとに、マレーシア国民大学と連携して、マレーシアの地方路線バス調査・分析の方法論作成を目標に2013年4月から9月にかけてマレーシアで調査研究を行う予定である。
3.マレーシアの都市交通政策に関する研究(準備中)
「背景」の中で、マレーシアはガソリン消費の増加で経済に重大な影響が出る可能性がある・・・と指摘したが、マレーシア政府はどの程度その実態を把握した上で、政策策定を行っているのであろうか?この点を、マレーシアの財政運営や、公共交通政策策定過程から分析できないか現在調査を進めている。
3.マレーシアの交通政策(その2)
作成中
4.東南アジアの交通政策
作成中
5.滋賀県環境分析用産業連関表の作成と応用
期間:2010年〜2015年(組織としては2003年〜2010年)
●背景と研究目的
経済政策の効果の分析、私の専門の範囲でいえば、交通施設整備や交通に関連した環境施策などがそれに相当するが、それらを実施した時に経済に与える影響を分析するには産業連関表が不可欠である。経済効果の分析手法としては計量経済モデルや応用一般均衡モデルも良く使われるが、その際にも、分析の元データとして経済の産業部門別の生産額や、産業間の取引金額が記述された「社会会計表」が必要であり、社会会計表構築のための原資料としても産業連関表は重要である。
現在日本で使われる産業連関表は、把握の容易さから経済の流れを金額で表記しているが、これを物質量に置き換えることも可能である。第一次、第二次産業では、原材料や生産品の多量の行き来があり、CO2や廃棄物は、こうした物資の流れ(マテリアルフロー)から発生している。現在の産業連関表を用いた環境負荷の計算は、原単位、すなわち「生産額1円当たりの環境負荷量」をもとに表記されるが、物質量をベースに産業連関表を構築し、環境負荷についても物質量ベースで原単位を求めることが出来れば、各種分析に対し頑強性を有する分析原資料を構築することができるかもしれない。
上記のような問題に即して、私が現在(2012年現在)勤務している滋賀県立大学環境共生システム研究センターの前身である、滋賀県産業支援プラザ、コア研究所では、1995年、2000年の滋賀県産業連関表を元に、マテリアルフローベース(物量表記)の環境分析用産業連関表(MFIO)の作成を行った。2010年より業務を引き継いだ私は、2005年のMFIOを作成するとともに、これまでの作業成果を踏まえての、MFIOの意義と課題、応用方法の検討を進めている。
●MFIO(マテリアルフローベース物量表記の環境分析用産業連関表)の特徴と課題
本事業/研究で行っているMFIO作成は、日本ではそれほど行われていないが、一般的に国や都道府県レベル、200〜400産業部門で作成されている産業連関表を加工し、より細かい地域、産業部門に適した産業連関表を作成するという事業/研究はよくおこなわれており、本研究もその一つと位置付けることが出来る。
こうした事業/研究の課題の一つは、作成精度と作成コストの間のトレードオフである。詳細な項目作成に取り組もうとすると、データの入手可能性等に限界が生じるため、作成精度の向上に重きを置きすぎると、作成コストの点で作成が非常に困難になり、目的に即した項目作成や精度の割り切り(総合的にみた場合に精度が低い項目が残るものの、目的に即した分析においては高い精度を発揮する)が重要になる。
マテリアルフローベースの産業連関表作成においてもこの点は重要である。製造行程中で環境中に放出されたり、逆に固定されたりする物質(具体的には水や酸素、二酸化炭素などを構成するO、H、Cなどの原子の動向をイメージして頂ければ分かりやすいと思う)は多く、また、産業ごとに消費する物質(分子)の比率は異なる。この事を考えると、主要原子ごとに産業間の行き来を記述した産業連関表を記述し、生産係数は、単なる係数にとどまらず、生産プロセスを記述したより詳細なものにすることが望ましいが、その場合には数万点にも及ぶ調査プロセスの確認が必要となり、数名の研究スタッフ、数年と言う限られた期間での処理は困難である。産業支援プラザにおける事業実施においてもこの問題点は認識され、最終的に、統合化した単一の「物質」の流れを記述する物量産業連関表(但し、大量のフローが存在するケイ素やセメント材料については個別分析を行っている)を作成することとなった。
もう一つの課題(トレードオフ問題の一端という点では、上記の課題の続きとなるが)は、「MFIOの優位性」である。産業支援プラザにおける研究成果として、貨幣表示の環境分析用産業連関表と同様の分析(環境政策の効果など)が可能で、特に廃棄物排出量などを考慮した場合に一貫した分析が可能であるという優位性の可能性が示されているが、理論面での検証を行っていないので、その点について分析を進めている。
●研究の応用
1.都市の周密性を考慮した社会会計表の作成
MFIOは第一次・第二次産業の環境負荷に対するアプローチであるが、エネルギーやCO2に関しては、人々の移動や消費活動に基づく排出の割合が非常に大きい。コンパクトシティの構築や公共交通利用によるCO2削減の方法が模索されてはいるが、その効果を評価できる手頃な統計資料が存在しない。他方で、都市郊外部における人々の生産、消費活動は、商業統計や事業所統計のメッシュ調査で比較的容易に把握することが可能である。これらを元に郊外部、都市中心部の生産活動やその効率性を別個に把握し、コンパクトシティや公共交通利用を評価出来る社会会計表(産業連関表)の構築の準備を進めている。
2.繊維産業の環境負荷の分析
最終製品の重量当たり環境負荷という面では、服をはじめとする繊維製品の環境負荷は大きく、CO2排出量で言えば、「電力の缶詰め」と言われるアルミ缶を大きく上回る(アルミ缶1kgを製造するのに要するCO2が8〜10kgに対し、繊維製品は最大40kg程度に達することがある)。繊維製品に関しては、廃棄量が比較的多いにも関わらず、こうした環境負荷の大きさや、その削減手法が十分に検討されていないという現状があり、現在、滋賀県の繊維製品の環境負荷や、その削減方法(消費選好も考慮した総合的な環境負荷量の削減)についての分析を進めている。
最終更新
2016年4月8日
湯川創太郎
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